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山梨県の北西部に流れる大柳川。その上流には数々の美しい滝で知られる大柳川渓谷がある。
初夏を思わせる強い陽射しのなか、私はカメラを携えて川のほとりの小さな町を訪ねた。
山梨県鰍沢町。硯の里として有名なこの町に、 300年以上にわたって硯を作り続けている名家があるという。豊かな自然に囲まれた里山のふもとにその場所はあった。 |
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店舗の展示台には、想像とはまったく異なるさまざまな形の硯が並んでいた。丸いもの、ごつごつしたもの、花びんのような、食器のような…。
ご主人がにこやかに迎えてくれた。第十二代目当主雨宮弥兵衛氏のご子息、雨宮弥太郎氏である。
雨宮家が伝えてきた硯は雨端硯(あめはたすずり)と呼ばれ、江戸時代から名をはせてきた。
ご主人は、東京芸大の彫刻科出身で、主に抽象彫刻を学んでいたそうだ。「しかし硯と彫刻とでは、まったく違う造形センスが必要だと痛感させられました」。
美しさだけではなく、実用性だけでもなく。そのすべてが調和した形を追求し続けているそうだ。
工房を見せていただいた。長い年月を経た板張りの部屋。硯というイメージのせいか、工房の色調もモノトーンに感じられる。大きなノミの柄を肩に当て、体を押し出すように全身で彫り進める。ズーッ、ズーッと粘板岩を削る音が響く。
「肩で彫っていると、石の中の不純物などを感じることができるのです」。ノミを通して石と対話しているわけだ。“石を見る”という硯の字を思い出した。
ご主人に促されて、私もおそるおそる彫ってみた。難しい。
が、少しずつコツをつかむ。「うん、いい音になってきた」。筋がいいとほめられ、ついつい力が入る。
山を抜けた涼しげな風が頬をなでる。書の世界では、硯は墨をすりながら気持ちを静め、心と向き合うための精神の器という役割を担っている。そう聞いて雨端硯を見つめ直すと、確かに心が落ち着いてくる気がした。 |
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工房のまわりには木々が茂り、裏山には美しい自然が残されている。「昔は抽象的な彫刻ばかり作っていましたが、最近は動物や植物などの具体的なものを取り入れたいと考えています」。シンプルな造形をさらに豊かにするためには“自然のフォルムに学ぶ”ことが大切だと思ったそうだ。
伝統を受け継ぎながら、つねに新しい表現を模索していくこと。 300年の歴史の上に生まれた美しい硯を写真に収めながら、ものづくりの厳しさと面白さを一度に触れた思いがした。 |
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山梨県南巨摩郡鰍沢町5411 |
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www1.odn.ne.jp/~aal75810 |
300年以上の歴史をもつ雨端硯本舗。現代的な作風が持ち味の歴代雨宮家当主の作品がずらり陳列されている。
築150年を超える日本家屋の店舗は、今年の冒頭に焼失する不幸に見舞われた。
現在、元の姿に甦らせる復興計画が進んでいる。 |
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| 青々とした緑に囲まれた甲斐雨端硯本家。どっしりとした店舗の佇まいからは、300年にわたる伝統の重みが感じられる。 |
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| 肩にノミを当て、石と向き合うご主人。長い年月を重ねた板張りの工房に、ピンと張りつめたような緊張感が漂う。 |
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